2015年12月28日月曜日

よいお年を

 本日は、ミュージアム本館展示室の今年最後の開館日でした。
 小中学校が冬休みにはいったからか、本日は、飛び込みの家族連れの御客様が多くご来館されました。

 今年もあっという間の1年でした。来年は、ミュージアムのさらなる飛躍を目指して頑張っていきたいと思います。

 来年もよろしくお願い致します。よいお年を!



2015年12月26日土曜日

「松本博美写真展(松江散歩・たたらの里)」開催中!

ただいま、島根大学旧奥谷宿舎(サテライトミュージアム)では、「松本博美写真展(松江散歩・たたらの里)」開催中です!
ご来館をお待ちしております。

期日:平成27年11月28(土)~平成28年3月27日(日) 10:00~17:00
    ※土日・祝日のみ
    ※年末・年始(12/29~1/3)は休館

会場:島根大学旧奥谷宿舎(サテライトミュージアム)  (松江市奥谷町140)
    ※JR松江駅より、市営バス「大学・川津方面行き」で「北堀町」下車
    ※JR松江駅より、レイクラインで「塩見縄手」下車

※入館無料










2015年12月25日金曜日

教養授業「島大ミュージアム学」で学生がミュージアム見学

 本日、ミュージアムが開講している教養授業「島大ミュージアム学」で、学生142名がミュージアム見学をしました。

 授業で説明した様々な標本を実際に学生たちの目で見学して、ワークシートの問題にも取り組んでもらいました。

 本や写真など、間接的な情報ではなく、自身の目で実物を観察する直接的経験に基づいた学習の大切さを理解してもらいました。

2015年12月24日木曜日

年末・年始の開館・休館スケジュールのお知らせ

2015年、平成27年も残りあとわずかになりました。
年末年始の開館・休館スケジュールは以下の通りになります。どうぞよろしくお願い致します。

島根大学ミュージアム本館 地図
年末:2015年12月28日(月) 16:30 まで開館
・2015年12月29日(火)~2016年1月3日(日) 休館
年始:2016年1月4日(月) 9:00        から開館

島根大学旧奥谷宿舎(サテライトミュージアム) 地図
「松本博美写真展(松江散歩・たたらの里)」、好評開催中!
年末:2015年12月27日(日) 17:00 まで開館
・2015年12月28日(月)~2016年1月8日(金) 休館
年始:2016年1月9日(土) 10:00       から開館

*年末、島根大学旧奥谷宿舎(サテライトミュージアム)で展示見学されたあとは、年越しに「きがる蕎麦」はいかがでしょうか。
*正月、島根大学旧奥谷宿舎(サテライトミュージアム)で展示見学されたあとは、田原神社(春日神社)へ初詣へ!




2015年12月12日土曜日

オールしまねCOC+事業「キックオフセミナー」&「しまね大交流会」に出展しました。

くにびきメッセで開催された、オールしまねCOC+事業「キックオフセミナー」&「しまね大交流会」にミュージアムも出展しました。
当日は、たくさんの来場があり、大変盛況でした。用意したパンフレットも完売でした!!ありがとうございました。

全体の詳細はこちら≫

 
 

2015年12月5日土曜日

第84回ミュージアム講座「出雲国府と出雲国誕生」(兼:まつえ市民大学連携講座・島根大学COC事業)を開催しました。

 本日は、今年最後になる第84回ミュージアム講座「出雲国府と出雲国誕生」(兼:まつえ市民大学連携講座・島根大学COC事業)を開催しました。

 この講座は、島根大学古代出雲プロジェクトセンターのメンバーがリレー形式で講義する、平成27年度島根大学ミュージアム市民講座第2ステージ「遺跡から探る『古代出雲』の成り立ち」の第3弾です。

 本日は、大橋泰夫博士(島根大学法文学部教授・島根大学古代出雲プロジェクトセンター長・島根大学ミュージアム兼任研究員)が講師を務め、8世紀における出雲国府の具体的様相についてのお話をされました。

 733年の『出雲国風土記』には、「国庁意宇郡家」という記述があります。この解釈をめぐっては、「国庁と意宇(おう)郡家」と読む説と、「国庁たる意宇郡家」とする説とがあります。つまり、8世紀前半において、出雲国全体の役所にあたる国庁と、松江市南部・安来市にあたる意宇郡の役所が、別々にあったのか、同一のものであったのかという論争があるわけです。

 この論争に明確な決着はついていませんが、近年進展している、出雲国府をはじめとした、全国各地での国府の発掘調査成果から判断すると、両者は別々に存在していた可能性が高いようです。
 このことは、単に役所の造営に留まる話ではなく、国の道路や郡家・駅家の整備、条理制の施行といった当時の重要政策を進めていくうえで、都から派遣された役人である国司が国府に常駐し、しっかりした形で地域支配を行っていたことをうかがわせるのです。
 
 
 次回は、「石棺式石室と黄泉の国訪問譚-九州・山陰・畿内とその境界-」(2016.2.20)です。引き続き、よろしくお願い致します。